2024年7月20日(土)天気:雨のち曇り
北海道3日目の朝は、テントを叩く雨粒の音で目が覚めました。出発前の天気予報は、ソースによって4日間とも雨マークがついたり付かなかったりだったのですが、この3日目の土曜日はどのサイトも雨マークが点灯。そこは外れることなくなのは、仕方がないですね。
雨の隙間を縫って、湖畔を見ながらさくっと朝食を頂いて、さくっと撤収。

昨日に引き続き、すばらしいロケーションのキャンプ場でした。ここも再訪決定です。

明日は昼の飛行機で東京に帰らなければならないので、今日は千歳方面に向かいます。土曜日でメジャーだったり良いキャンプ場は混むので、前に見つけた玄人向けな静かな場所を目指すのに、今日は結構多めに走らなければなりません。
出発段階では雨は降っていませんでしたが、いつ空が泣き出しても大丈夫なように雨仕様パッキング。人間もカッパを着込みます。

趣のある湖沿いのダート路。再訪を願いしばしの別れ。

道道51号線を使って陸別町方面へ。途中雨が降ったりやんだりで、ただただ走り抜けるだけ。陸別からはこくぢょう242号線沿いに南下。陸別や足寄には、バスターミナルとして使われている、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅舎を使用した大きな建物があります。写真は旧陸別駅。

本別で国道を離れ、一路海を目指して南下します。この辺で雨は上がり、青空も。

浦幌の町を掠め、太平洋に。さっきまで晴れ空が見えていたのに、急に霧に包まれてしまいました。この辺も風光明媚な場所なんですけどねー。

国道336号線に出る直前のちょっとしたダート路。ここは、自分が初めて自分の車両で北海道に来たときにはじめて走ったダート。思い出の道です。結構長かった記憶が、今走ると結構短い。当時は夕暮れに染まる道と海をバックにハンドルを握っていましたが、今日は海すら見えず。これも思い出ですか。

ひたすら南下。十勝川を大きな橋で渡ってからは、森と草地が交互に現れ緩やかなアップダウンとカーブが続きます。この辺の道は、何度通ってもなぜか眠くなる。


広尾の町をすぎると、道路は海沿いを進みます。この道、黄金道路と呼ばれ北海道の道の歴史を調べると必ず出てくるほどの「道名所」。断崖絶壁を切り開き作られた道は落石や雪崩の巣で、工事に莫大な費用が掛かったのだとか。そのため、黄金を敷き詰められるほどお金がかかった道路、黄金道路といわれたのだとか。
今はこの明媚な風景を、黄金のように美しい道ということにしても良いのではないか、そう思ってしまう道です。

途中の何カ所か、道路が分岐し山側に新しい長大トンネルが建設されていました。ここを生活の足にしている人にとっては必要なのでしょうが、自分のように観光で訪れる人間にはこの景色を無機質なトンネルですっ飛ばしてしまうのは、非常にもったいないなと思ってしまいます。
旧道は閉鎖され入ることはかなわず。某廃道系の方ならいざ知らず、一般人はおとなしく右へ。

えりも町庶野から県道に入り、しばらく走ると広めの駐車場が見えます。ピットイン。この辺でぽつぽつと、また降り出してきてしまいました。今日は一日降る予報だったので、今までの道中あまり降らなかったことに逆に感謝するレベルです。

ということでやってきました、襟裳岬。北海道のダイヤモンドの一番下。森進一の歌に記憶する襟裳岬は何もない春ですと歌っていましたが、まあまあの観光地ですしお客さんもそこそこ。
去年の北海道ツーリングのブログに、ライダーは端っこを目指すと書きましたが、端っこは結構観光地になってることが多いですよね。

岬は崖になっていて、見渡すにはお誂え向き。その先は岩礁地帯になっていて、ゼニガタアザラシの国内最大の生息地なんだとか。この日は残念ながら見つけられず。コンブ漁のおじさんがウェーダーを着て漁をしていました。

岬からは踵を返して、苫小牧方面に舵を取ります。ここまで来たら見ておきたいのが、様似駅跡。2015年の高波によって線路が流される被害が直接的な要因で、鵡川から様似までの116kmが復旧されることなく、2021年4月1日に廃止となってしまいました。この路線も海沿いを走る景色の良い鉄道路線で、なんどか足を運んだことがあっただけに、残念極まりないです。

まだしっかりと残る線路後。全盛期の北海道の路線からすると、ずいぶんとさみしい路線図になってしまったものです。自分がはじめて北海道へ鉄道旅行へ訪れた時から比べても、廃線になってしまった場所の多いこと。それも時代なんですかね。


そんなこんなで今日の宿泊場所に到着。浦河町オロマップキャンプ場。
無料のキャンプ場で、雨予報だとしても土曜日なのに周りに自分を除き2組しか人がいないという閑散っぷり。設備もトイレぐらいしかない、玄人向けのしっとりと過ごすには最高の場所です。
今日はハンモック泊。夜の帳が下りるまでゆっくりと過ごし、焚火の織をみながら、これまでの道程と短い北海道の旅を反芻しながらゆらゆら揺れていたら、いつの間にか眠りに付いていました。